好きになった人に、言えないことがある。伝えれば今の関係が変わってしまう気がして、伝えないまま日々を重ねている。相手には見えていない前提を、自分だけが抱えたまま隣で笑っている。病気のことでなくても、仕事の事情でも、家族の事情でも、抱えたまま隣に座っている人は多い。
厄介なのは、その隠し事が時間の経過とともに言い出しにくくなることだ。最初の「言わなかった」が積み重なるほど、今さら言えば黙っていたことそのものを責められる気がしてくる。優しさのつもりで黙っているのに、その沈黙自体が、いつか相手を傷つける種になっている。相談できる相手がいないぶん、頭の中だけで同じ問いを何度も繰り返すことになる。
森田碧の『余命一年と宣告された僕が、余命半年の君と出会った話』を聴くと、隠し事の理由がどこにあるのかを、正面から考えさせられる。優しさで黙るのか、傷つくのが怖くて黙るのか。その境目は、自分で思っているほどはっきりしていない。聴き終えても答えは出ないが、自分の中にある「言えなさ」の正体には、前より近づける。
8時間44分。今夜は、二人が病院で出会う最初の章だけでいい。
どんな話か
高校1年の秋人は心臓病を患い、余命1年を宣告される。通院先で出会った春奈も、余命半年の重い病を抱えていた。死ぬのが怖くないと語る春奈に興味を持った秋人は、自分の病気のことを隠したまま彼女と過ごす時間を重ねていく。自分はまだ恋をしてもいいのだろうかと自問しながら、それでも会いたいと思う気持ちだけは止められない。
声で聴くとどう変わるか
ナレーターは柴野嵩大。秋人が抱える「言わない」という選択を、感情を爆発させない抑えたトーンで表現している。文字で読むと内面の独白として流れていく部分が、声になると、言葉にしなかったことの重みとして耳に残る。春奈と話すときの声のわずかな高さの変化が、隠し事を抱えたままの居心地の悪さを伝えてくる。
8時間44分。通勤の往復なら1週間ほど、週末にまとめて聴くなら1日で聴き終えられる長さだ。就寝前に1章ずつ進めるのにも向いている。淡々とした語り口の作品なので、寝る前の落ち着いた時間に合わせやすく、感情を大きく揺さぶられすぎて眠れなくなる心配も少ない。
言えないまま会話を重ねる場面
手が止まったのは、秋人が自分の病気を伝えるかどうか迷いながら、春奈と何気ない会話を交わす場面だった。タイミングを計っているうちに、日常の会話のほうが先に積み重なっていく。その積み重ねこそが、二人の関係の土台になっていく過程が丁寧に描かれている。
春奈が「死ぬのが怖くない」と口にする理由を、秋人がそのまま鵜呑みにせず、少しずつ疑い始める場面も印象に残る。相手の言葉を額面通りに受け取らなくなる瞬間こそ、人が誰かに本気で向き合い始めた合図なのだと気づかされる。表面の明るさの奥に何があるのかを知りたいと思うことが、恋の入り口になっている。
いま聴くなら『余命一年と宣告された僕が、余命半年の君と出会った話』から。二人が出会う場面だけでも、この物語の温度は伝わってくる。
こんな人に向いている
- 好きな人に言えていないことが、心のどこかに引っかかっている
- 「優しさで黙る」ことの是非を、誰かと一緒に考えたい
- Netflix映画で気になっていたが、原作をまだ聴いていない
- 淡々とした語り口の中に、切実さがにじむ作品が好き
向いていないのは、難病ものの結末を先に知りたい人。この作品は結末に向けてどう心の準備を整えるかが読みどころなので、先に筋を知ってしまうと聴く体験が薄まる。デビュー作とは思えないほど構成が丁寧なので、先の展開を急がずに聴いてほしい。
近い気分の一冊
好きな相手に言えないことを抱えたまま隣にいるという意味では、一条岬の『今夜、世界からこの涙が消えても』も近い。あちらは「本気で好きにならないこと」という約束を守ろうとしながら、それでも惹かれていく気持ちを描く話で、こちらは自分の病気を隠したまま相手と過ごす時間を描く話だ。抱えているものの中身は違っても、言えないまま隣にいる時間の重さは同じだ。『今夜、世界からこの涙が消えても』オーディブル感想
今夜から聴くには
作品ページを開いたときに何が見えるかを確かめてほしい。「聴き放題で聴く」と出ていればその場で再生できる。対象は入れ替わるので、購入の前に表示だけを見てほしい。『余命一年と宣告された僕が、余命半年の君と出会った話』のページを開く
Audible を使うのが初めてなら、最初の30日間は無料で試せる(対象は執筆時点)。Audible の無料体験を見る
今夜は、誰かに言えなかった一言があるとしたら何かを、考えながら再生してほしい。

コメント
コメント一覧 (1件)
[…] […]