『一瞬を生きる君を、僕は永遠に忘れない。』オーディブル感想

好きな人の何でもない表情を、残しておけなかったことが気になる夜

好きな人と並んで歩いた帰り道を、写真に残しておけばよかったと後から思う。スマホはポケットに入っていたのに、そのときは撮ろうとも思わなかった。何でもない一日ほど、あとで思い出そうとすると輪郭がぼやけている。

厄介なのは、残しておきたいと思った瞬間には、もうその時間が過ぎかけていることだ。撮ろうとすれば相手は構えるし、構えた顔はいつもの顔ではない。いちばん覚えておきたいのは、こちらが見ていると気づいていないときの表情なのに、それだけはどうやっても手元に残らない。

冬野夜空の『一瞬を生きる君を、僕は永遠に忘れない。』は、好きな人の「いま」をカメラで追い続ける高校生の話だ。聴き終えても、過ぎた時間が戻ってくるわけではない。ただ、残せなかった瞬間も、覚えている側の中にはちゃんと残っているのだと思えるようになる。写真が手元にないことを、少しだけ責めなくなる。

全体で8時間10分。今夜必要なのは、香織が輝彦を専属カメラマンに任命する最初の30分だけでいい。そこまで聴けば、この二人の距離の縮まり方はもう分かる。

目次

どんな話か

クラスの人気者の香織に、ある日突然「専属カメラマン」に任命された輝彦。自由奔放な彼女に振り回される撮影の日々が始まるが、その明るさの裏で、香織が重い病と闘っていると知る。輝彦は、作った笑顔ではない本当の彼女を撮ろうと決める。

声で聴くとどう変わるか

ナレーターは島田奈歩。一人の声で、振り回す側の香織と、振り回される側の輝彦を語り分けていく。香織の台詞は軽く、少し早い。輝彦の地の文は、それを半歩うしろから見ているような落ち着いた温度で進む。文字で読むと、香織の明るさはそのまま明るさとして流れていく。声で聴くと、その明るさがときどき急ぎすぎていることに気づく。言葉と言葉の間が、ほんの少しだけ詰まっている。病のことを知る前から、耳にはもう何かが引っかかる。

8時間10分は、通勤の往復1時間なら8日ほど。就寝前に30分ずつなら、2週間少しで聴き終える。物語の中の時間はおよそ2カ月なので、毎晩少しずつ進めると、二人と同じ速さで日が過ぎていくような感覚になる。家事をしながらでも筋は追えるが、輝彦が撮る理由を自分の言葉で口にする場面だけは、手を止めて聴いてほしい。

シャッターを切る理由が変わった瞬間に引き込まれた

聴き手として手が止まったのは、輝彦が「撮らされている」側から「撮りたい」側に変わるところだった。最初は香織の気まぐれに付き合っているだけだった彼が、ある時から、構図よりも彼女の表情のほうを先に探すようになる。大きな告白があるわけではない。カメラを構える理由が、静かに入れ替わっていく。

恋が始まる瞬間は、たぶんこういう形をしている。相手を見る時間が、気づけば少し長くなっている。その変化を、語りは説明せずに声の間だけで伝えてくる。結末はここには書かない。ただ、輝彦が最後に何を撮ろうとするのかは、自分の耳で確かめてほしい。

いま聴くなら『一瞬を生きる君を、僕は永遠に忘れない。』から。香織の最初の一言で、この物語の速さが分かる。

こんな人に向いている

  • 大切な人との何でもない時間を、残しておけなかったことが気になっている
  • 相手を見つめる側の目線で進む恋愛小説が好き
  • 病を扱う話でも、湿っぽさより二人の明るさが前に出るものを聴きたい
  • 一人のナレーターがじっくり語る朗読に浸りたい

向いていないのは、病を扱う物語そのものがいまは重く感じる人。語りは明るいが、題材から目をそらす作品ではない。切なさが最後まで残る種類の話なので、今夜は軽いものを聴いて眠りたいという日には向かない。

近い気分の一冊

同じ冬野夜空の作品なら、『君が忘れた物語』も近い。あちらは一度見たものを忘れられない少女が、記憶を失っていく恋人のそばで覚え続ける話で、こちらは好きな人の一瞬をカメラに収めようとする少年の話だ。どちらも、二人の時間をどうやって残すかを描いている。『君が忘れた物語』オーディブル感想

今夜から聴くには

作品ページを開いたら、再生ボタンのまわりの表示を見てほしい。「聴き放題で聴く」と出ていれば、その場で再生できる。対象は入れ替わるので、購入の前に表示だけを確かめてほしい。『一瞬を生きる君を、僕は永遠に忘れない。』のページを開く

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今夜は、残しておけなかった誰かの横顔を思い出しながら、香織が輝彦を専属カメラマンに任命するところまで聴いてほしい。

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