同じ教室に、気になっている人がいる。目が合いそうになると先に逸らす。話しかけられたら、何でもない顔で返す。誰にも気づかれていないはずだし、気づかれないように毎日うまくやっている。
厄介なのは、隠すのが上手くなるほど、相手の気持ちも分からなくなることだ。自分が隠しているのだから、相手も何かを隠しているかもしれない。そう思うと、ちょっとした仕草や言葉の端が、全部意味ありげに見えてくる。確かめる方法はない。確かめたら、隠してきたものまで見つかってしまう。
住野よるの『か「」く「」し「」ご「」と「』は、そういう隠しごとを抱えた高校生5人の話だ。聴き終えても、自分の気持ちを打ち明ける勇気が湧いてくるわけではない。ただ、隠している自分のことを、少しだけ笑って許せるようになる。相手も同じくらい不器用なのかもしれない、と思えるからだ。
全体で8時間16分。今夜必要なのは、最初の語り手の章の30分だけでいい。5人のうち1人の頭の中に入るだけで、この話の面白さはもう分かる。
どんな話か
クラスメイトの高校生5人は、それぞれ誰にも言っていない、少しだけ特別な力を持っている。役に立つほどの力ではないのに、そのせいで、あの子の小さな変化が気になって仕方がない。語り手が章ごとに入れ替わりながら、5人のもどかしい想いが少しずつ照らし出されていく。
声で聴くとどう変わるか
ナレーターは夏谷美希。章ごとに語り手が変わる構成なので、一人の声が5人の内側を順番に引き受けることになる。文字で読むと、誰の章なのかを見出しで確かめながら進むことになる。声で聴くと、語りの温度や速さの違いで、いま誰の頭の中にいるのかが分かる。考えすぎて空回りする子、明るく振る舞いながら周りを気にしている子。その差が、声の中にそのまま出る。
8時間16分は、通勤の往復1時間なら8日ほど。就寝前に30分ずつなら、2週間少しで聴き終える。章の切れ目がはっきりしているので、「今夜は一人分だけ」と区切りやすい。一人の章を聴き終えて眠り、翌日に別の子の目線で同じ教室を見直す。その間が、この作品にはよく合う。
同じ場面が別の目線で見えた瞬間に引き込まれた
手が止まったのは、二人目の語り手の章に入ったときだった。一人目の章で何気なく通り過ぎた会話が、別の子の内側から聴き直すと、まったく違う意味を持っていた。あのとき平気そうに見えたのは、必死に隠していたからだったのだと分かる。
5人はそれぞれ、自分だけが相手の秘密に気づいていると思っている。けれど聴き手には、その思い込みが少しずつ透けて見えてくる。もどかしい。でも、そのもどかしさがいちばん楽しい。誰かが一言だけ本音を言えば片付くのに、誰もそれを言わない。高校生の頃の自分も、たぶんそうだった。
いま聴くなら『か「」く「」し「」ご「」と「』から。一人目の章を聴き終えたところで、もう二人目の目線が気になっているはずだ。
こんな人に向いている
- 好きな人への気持ちを、周りにも本人にも隠している
- 相手の何気ない言葉の意味を、ひとりで考え込んでしまう
- 重い展開より、もどかしさを楽しめる軽やかな恋愛ものを聴きたい
- 同じ出来事を複数の目線から見直す構成が好き
向いていないのは、大人の恋愛を正面から描いた話を求めている人。この作品は高校生の教室が舞台で、恋が大きく動く場面よりも、動かないまま揺れている時間を描いている。はっきりした告白や劇的な展開を期待すると、物足りなく感じる。
近い気分の一冊
同じ住野よるの作品なら、『恋とそれとあと全部』も近い。あちらは片思いの相手と旅をしながら、「好き」の一言に収まらない気持ちを抱える話で、こちらは5人がそれぞれの想いを隠したまま、同じ教室で毎日を過ごす話だ。どちらも、気持ちに名前をつけて口に出す一歩手前で揺れている。『恋とそれとあと全部』オーディブル感想
今夜から聴くには
作品ページを開いたら、再生ボタンのまわりの表示を見てほしい。「聴き放題で聴く」と出ていれば、その場で再生できる。対象は入れ替わるので、購入の前に表示だけを確かめてほしい。『か「」く「」し「」ご「」と「』のページを開く
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今夜は、誰にも言っていない気持ちを胸にしまったまま、一人目の章だけを聴いてほしい。

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