今日も昨日と同じだった。朝起きて、決まった場所へ行き、決まったことをして帰ってくる。嫌なことがあったわけでもない。ただ、何も起きなかった一日がまた一つ増えた。
厄介なのは、退屈には理由がないことだ。困っていないから誰にも相談できない。不満を言えば贅沢に聞こえる。それでも、このまま何にも心を動かされずに時間だけが過ぎていくのではないかという不安は、夜になると少しずつ大きくなる。
住野よるの『この気持ちもいつか忘れる』は、まさにそういう毎日を送る高校生の話だ。聴き終えても、明日の予定は何も変わらない。ただ、何かに心を動かされるとはどういうことか、その感触をもう一度思い出せる。退屈を責めずに、その先を少しだけ見せてくれる一冊だ。
全体で12時間3分と長い。けれど今夜必要なのは、二人が出会うまでの最初の30分だけでいい。続きを聴くかどうかは、そこで決めればいい。
どんな話か
授業を受けるだけの退屈な日々を送る男子高校生のカヤは、16歳の誕生日を前に、瞳の美しい謎の少女チカと出会う。チカはどうやら別の世界の住人で、二つの世界のあいだでは奇妙な一致が起きていた。『君の膵臓をたべたい』の著者が初めて書いた恋愛長編だ。
声で聴くとどう変わるか
ナレーターは吉野貴大。物語はカヤの目線で進むので、声がそのまま彼の内側の声になる。退屈だ、と繰り返す少し投げやりな語りが、声になると妙に生々しい。文字で読めば読み飛ばしてしまいそうな平坦な日常の描写も、声で聴くと、その平坦さそのものが重さとして伝わってくる。だからこそ、チカが現れてからの語りの温度の変化がはっきり分かる。
12時間3分は、通勤の往復1時間なら2週間ほど。就寝前に30分ずつなら、ひと月弱で聴き終える。長いぶん、毎晩少しずつカヤの日常に付き合う形になる。聴き手の毎日と物語の毎日が並んで進んでいく感覚は、長編を声で聴くときにしか得られない。
退屈が少しずつ崩れていく場面
手が止まったのは、カヤが初めてチカと言葉を交わす場面だった。相手の言うことはとても信じられない内容なのに、カヤはそれを確かめようとする。何にも興味を持てなかったはずの彼が、自分から動き出す。その小さな変化が、声の調子にも表れていた。
出会いを重ねるうちに、カヤの中で何かが変わっていく。その変わり方が急ではないところがいい。退屈な毎日から抜け出す瞬間は、劇的なものではなく、気づいたらそうなっているものなのだと思わされる。
チカの話す内容が本当なのかどうか、聴き手もカヤと一緒に確かめていくことになる。答えを急がない構成なので、毎晩少しずつ聴く形とよく合う。
いま聴くなら『この気持ちもいつか忘れる』から。まずは出会いの場面まで聴いてほしい。
こんな人に向いている
- 毎日が同じことの繰り返しで、何にも心が動かないと感じている
- 住野よるの作品が好きで、恋愛を正面から描いたものも聴いてみたい
- 少し不思議な設定の恋愛小説に、時間をかけて浸りたい
- 長編を毎晩少しずつ、生活と並べて聴き進めたい
向いていないのは、現実的な大人の恋愛だけを求めている人。この作品は高校生の視点で、別の世界が関わる設定を軸に進む。その前提を受け入れられるかどうかで、聴き心地が大きく変わる。
近い気分の一冊
同じ住野よるの作品なら、『恋とそれとあと全部』も近い。あちらは片思いの相手との数日間の旅の中で、「好き」の一言に収まらない気持ちを描く話で、こちらは退屈な日常に現れた少女との出会いを通じて、心が動くことそのものを描く話だ。どちらも、自分の気持ちに名前をつけられないまま進んでいく。『恋とそれとあと全部』オーディブル感想
今夜から聴くには
作品ページを開いたときに何が見えるかを確かめてほしい。「聴き放題で聴く」と出ていればその場で再生できる。対象は入れ替わるので、購入の前に表示だけを見てほしい。『この気持ちもいつか忘れる』のページを開く
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今夜は、何も起きなかった一日の終わりに、カヤの退屈な一日を30分だけ聴いてほしい。

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