そばにいる人との時間を、当たり前のものだと思っている。明日も同じように会えると信じているから、今日という日を急いで大切にしようとは思わない。特に何気ない一日ほど、記憶にすら残らないまま過ぎていく。
だが、その前提はいつ崩れてもおかしくない。別れは、こちらの心の準備が整うのを待ってくれない。用意が済んでいないまま来るからこそ、あとになって「もっと話しておけばよかった」という後悔だけが残る。その後悔は、時間が経ってもきれいには消えていかない。
市川拓司の『恋愛寫眞』は、その間に合わなさを正面から描いた小説だ。聴き終えたあと、いまそばにいる人への時間の使い方が、少しだけ変わる。泣けるという言葉では足りない。むしろ、静かに落ち着かなくなる。
6時間55分。週末の家事や散歩の時間に合わせれば、2日ほどで聴き終えられる長さだ。今夜は最初の30分だけでいい。二人がまだ何も知らずにいたころの、穏やかな空気だけ聴いてほしい。
どんな話か
写真を趣味にする大学生の誠人は、横断歩道で見かけた少し風変わりな同級生・静流にカメラを向けたことをきっかけに、彼女と関わるようになる。よく嘘をつき、年齢よりもずっと幼く見える静流との日常を重ねながら惹かれ合っていく二人に、ある日、予告のない別れが訪れる。堤幸彦監督の映画『恋愛寫眞』と同時期に世に出た、もう一つの物語でもあり、のちに『ただ、君を愛してる』の題で再び映画化された。ラストの台詞だけが先に知られている作品でもあるが、そこにたどり着くまでの道のりこそが本編だ。
声で聴くとどう変わるか
ナレーターは清水咲真。会話の間の取り方が丁寧で、二人のやり取りにある軽さと、その奥にある切実さの両方が伝わってくる。文字で読むとテンポよく流れていく掛け合いが、声になると一拍分だけ長く感じられ、その一拍の中に感情が入り込んでくる。
この小説は時間の流れが一直線ではなく、行きつ戻りつしながら進む構成になっている。文字で読むときは自分のペースで前のページに戻って確認できるが、音では戻れない分、聴き手は「今どの時点の話なのか」を耳だけで捉え続けることになる。この緊張感が、二人の関係の危うさとどこか重なってくる。
6時間55分。通勤の往復なら1週間、まとまった時間が取れる週末なら2日で聴き終えられる。ラストに近づくにつれて、聴く速度を落としたくなる作品でもある。
どの場面で引き込まれたか
手が止まったのは、二人がまだ何も知らずに交わす、ごく普通の会話の場面だった。特別な出来事は何も起きていない。それなのに、その平凡さこそが、あとから一番惜しくなる。聴き終えたあとにもう一度その場面に戻ると、同じやり取りがまったく違う重さで聞こえてくる。
もう一つ、しずるという人物の話し方そのものが印象に残った。少しずれた比喩や、唐突な話題の転換が、朗読で聴くと余計に生き生きとして聞こえる。彼女がその場にいる感じが、声のほうが強く残る。だからこそ、あとになって、その声が聞けなくなる重さが効いてくる。まことの側から見た彼女の像と、実際の彼女の間にあるずれにも、耳を澄ませると気づけるようになっている。
いま聴くなら『恋愛寫眞』から。ラストの一言は、先に調べずに出会ってほしい。
こんな人に向いている
- そばにいる人との時間を、当たり前だと思ってしまっている
- 泣ける小説より、静かに残る小説を探している
- 結末を急がず、日常の会話も味わって聴きたい
- 有名な結末を知っていても、そこに至る過程を確かめたい
向いていないのは、テンポの速い展開を求める人。この作品は会話の間そのものが読みどころになっている。派手な事件が起きるまでに時間がかかるので、次々と展開が変わる話を期待すると、前半では少し退屈に感じるかもしれない。
近い気分の一冊
そばにいる人との時間がいつまでも続くという前提が崩れるという意味では、千早茜の『マリエ』も近い。あちらは40歳を目前に夫から離婚を切り出され、続くはずだった結婚生活が唐突に終わる話で、こちらは大学生の二人に、予告のない別れが訪れる話だ。終わり方の唐突さは似ていても、『恋愛寫眞』が失った時間を悼む話であるのに対し、『マリエ』はそこから自分の幸福を選び直していく話になっている。『マリエ』オーディブル感想
今夜の気分がまだ定まらないなら、オーディブルで聴ける恋愛小説おすすめ6選 から入ってほしい。気分から逆に引ける形で並べてある。
今夜から聴くには
作品ページを開いたときに何が見えるかを確かめてほしい。「聴き放題で聴く」と出ていればその場で再生できる。『恋愛寫眞』のページを開く
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今夜、そばにいる人のことを少しだけ長く考えながら、これを再生してほしい。

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