振り返ると、大事なことのほとんどを誰かに決めてもらってきた。進路も、仕事も、住む街も。でも今の恋人だけは、自分で選んだと思っている。そこだけは誇れる気がしていた。
厄介なのは、その唯一の決断さえ、本当に自分で選んだのか確かめようがないことだ。当時の自分に聞くことはできない。周りに相談すれば「今が幸せならいい」で終わる。けれど一度疑い始めると、足元が少しずつ崩れていくような感覚だけが残る。
ボイスドラマ『2回目のファーストキス』は、その揺らぎをまっすぐ描いた作品だ。聴き終えても、今の恋人や選んだ人生が変わるわけではない。ただ、選んだことの意味は、選んだ瞬間ではなくその後の自分が決めるのだと思えるようになる。
全体で1時間27分。映画1本より短い。今夜は最初の20分、主人公が故郷へ帰るところまででいい。
どんな話か
世田谷の小さなダイビングショップで働く井村夏芽は、いつも誰かに流されて生きてきた。ファーストキスの相手を恋人に選んだことだけは、自分の決断だと信じていた。久しぶりに帰郷した夏芽は、幼なじみと再会し、あのファーストキスに隠されていた事実を知ることになる。
声で聴くとどう変わるか
朗読ではなく、木村珠莉、水島大宙、増田俊樹、上田燿司らが出演するボイスドラマだ。「キリノセカイ」「さくらノイズ」の監督とスタッフによる書き下ろし作品で、登場人物ごとに声が違う。小説を一人の声で聴くのとは違い、会話の間や言い淀みがそのまま聴こえてくる。誰が何を言わずにいるのかが、台詞のすき間から伝わってくる。
1時間27分は、通勤の往復なら1日半、家事をしながらなら一晩で聴き終える長さだ。場面の切り替わりがはっきりしているので、途中で止めても話を見失わない。オーディオブックに慣れていない人が、最初に試す一本としても聴きやすい。
複数の声で演じられるぶん、夏芽が誰と話しているときにどんな声になるのかがよく分かる。恋人の前と幼なじみの前とで、同じ人物なのに声の硬さが違う。文字で読むと地の文で説明される揺れが、ここでは台詞の響きだけで伝わってくる。流されやすい人の迷いは、言葉より声の温度に先に出るのだと気づかされる。
故郷の空気に引き込まれた場面
手が止まったのは、夏芽が故郷に戻り、幼なじみと再会する場面だった。都会の暮らしでは見せていなかった表情が、声の調子から伝わってくる。昔を知る相手の前では、今の自分をうまく演じられない。その居心地の悪さに覚えがあった。
ファーストキスという、誰にでもある小さな記憶が、物語の軸になっているのもいい。大きな事件が起きるわけではない。それでも、自分の過去の一場面が別の意味を持ち始める怖さは、十分に伝わってくる。
いま聴くなら『2回目のファーストキス』から。短いので、今夜のうちに最後まで届く。
こんな人に向いている
- 自分で選んだと思っていたことに、ふと自信がなくなった
- 地元に帰ると、昔の自分に引き戻される感覚がある
- 一人の朗読より、複数の声で演じられる物語を聴きたい
- 2時間以内で終わる恋愛ものを探している
向いていないのは、文学作品としての重い読後感を求める人。この作品は青春ドラマとしての聴きやすさを大事にしている。軽やかさを楽しめるかどうかで、評価が分かれる。
逆に言えば、重すぎない物語を今夜のうちに聴き終えたい人には、ちょうどいい長さと温度だ。
近い気分の一冊
昔を知る相手との再会で、自分の中の何かが動き出すという意味では、桜木紫乃の『情熱』も近い。あちらは年を重ねた大人たちの再会や本音を描く短編集で、こちらは帰郷した女性が幼なじみと再会し、恋の記憶を揺さぶられる話だ。世代はまるで違っても、過去を知る人の前で今の自分が揺らぐ感覚は同じだ。『情熱』オーディブル感想
今夜から聴くには
作品ページを開いたときに何が見えるかを確かめてほしい。「聴き放題で聴く」と出ていればその場で再生できる。対象は入れ替わるので、購入の前に表示だけを見てほしい。『2回目のファーストキス』のページを開く
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今夜は、自分で選んだはずのものを一つ思い浮かべてから、再生してほしい。

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