嫌いになって別れたわけではない。喧嘩もしていない。ただ、引っ越しがあって、生活の時間帯が変わって、連絡の間隔が少しずつ空いた。ある時点で、返さないまま既読の画面を閉じるようになった。
この終わり方には反省する場所がない。相手を責められないし、自分が何を間違えたのかも分からない。だから何年経っても整理がつかない。誰かに話しても「よくあることだよ」で終わる。よくあることだからこそ、自分の中で処理する手がかりがない。
新海誠の『小説 秒速5センチメートル』は、その「誰も悪くない終わり方」だけを三話かけて書いている。聴き終えても連絡は取らない。ただ、あれは自分の落ち度ではなかったと分かる。それだけで、思い出したときの痛み方が変わる。
全5時間24分。三話に分かれていて、一話あたり2時間弱。通勤の往復で1話ずつ、3日で聴き終えられる。
どんな話か
小学校で親しくなった貴樹と明里が、それぞれの家庭の事情で離れた土地に移る。第一話は中学生の二人が一度だけ会いに行く冬の日を、第二話は高校生になった貴樹を別の人物の視点から、第三話は大人になった貴樹を描く。
声で聴くとどう変わるか
語りは水橋研二、花村怜美、水野理紗の三人。**話ごとにナレーターが替わる**構成になっている。これがこの作品では決定的に効く。三話は同じ人物を追いながら、語り手も年齢も立場も違うからだ。
紙で読むと、三話の断絶は章の切れ目として処理される。ところが声だと、二話目が始まった瞬間に世界が入れ替わったことが分かる。声の質が変わるので、前の話に戻れないことが耳で伝わる。この作品の主題は「戻れなさ」なので、形式がそのまま内容になっている。
第二話が別の人物の視点から語られるのも、声だと迷わない。文字だと「これは誰の一人称だったか」と確認したくなる場面が、耳では最初の一言で決まる。
全5時間24分。一話ずつ日を空けて聴くのが合っている。続けて聴くと、三話のあいだに流れているはずの年月が圧縮されすぎる。間を空けたほうが、この作品の時間の描き方に近づく。
どの場面で引き込まれたか
手が止まったのは、二人が会う場面ではない。第一話で、貴樹が電車に乗っている時間の描写だ。事故で電車が止まり、約束の時刻を過ぎていく。何も起きていないのに、ページが進まない。
ここが効くのは、待つ側ではなく向かう側を書いているからだ。自分にはどうにもできない理由で遅れていく。連絡する手段もない。あの感覚を、これほど長く書いた小説をほかに知らない。
そして第三話の短さが刺さる。あれだけ丁寧に積んだものが、大人になった数年間ではほとんど語られない。省略そのものが答えになっている。終わり方が物足りないという感想もあるが、物足りなさが正しい形なのだと思う。
いま聴くなら『小説 秒速5センチメートル』から。第一話の電車の場面まででいい。
こんな人に向いている
- 喧嘩もせずに自然消滅した関係がある
- アニメ版を観たが、第三話が短くて物足りなかった
- 一話ずつ区切って聴ける作品がいい
向いていないのは、決着を求める人。この作品は何も解決しない。誰も謝らず、誰も戻らない。前に進むための話として聴くと、置いていかれる。
近い気分の一冊
この終わり方が残ったなら、川村元気の『四月になれば彼女は』へ。あちらは離れた相手のほうから手紙が届く。届いたところで何かが変わるわけではないのだが、「連絡が来たら」という想像に一度だけ形を与えてくれる。『四月になれば彼女は』オーディブル感想
今夜の気分がまだ定まらないなら、オーディブルで聴ける恋愛小説おすすめ6選 から入ってほしい。気分から逆に引ける形で並べてある。
今夜から聴くには
作品ページを開くと、いま聴き放題の対象なら「聴き放題で聴く」と表示される。その場合は追加の支払いなしでそのまま再生できる。対象は入れ替わるので、表示だけ見てほしい。『小説 秒速5センチメートル』のページを開く
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今夜は第一話だけでいい。雪の中で電車が止まったところから、たぶん止められなくなる。

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