この先の自分がどうなるか分かっているとき、新しく誰かを好きになるのは怖い。好きになれば、いつか相手を傷つける。それなら最初から近づかないほうがいい。そう決めて、実際にそうしている人がいる。
この判断は、人に説明しても分かってもらいにくい。「今を楽しめばいい」と言われるが、今を楽しむことと、誰かを巻き込むことは別の話だ。相手のためを思っての選択のはずなのに、優しさというより諦めに近い顔で毎日を過ごすことになる。
小坂流加の『余命10年』を聴くと、その選択の重さが分かる。数万人に一人という病で余命10年を告げられた茉莉は、趣味に情熱を注ぎながらも、恋だけはしないと決めて生きている。聴き終えても、彼女の決断が正しかったのかどうかは分からないままだ。ただ、傷つけたくないという理由だけで何かを諦めることの意味を、この作品は静かに問い直してくる。
再生時間は9時間50分。今夜必要なのは、茉莉が余命10年を告げられる最初の場面だけでいい。そこから先、彼女がどう生きると決めたかが分かる。
どんな話か
二十歳の茉莉は、数万人に一人という不治の病で余命10年を宣告される。未来への期待が薄れていくなかで、死への恐怖よりも先に、恋だけはしないという決意が固まっていく。趣味に打ち込みながら、淡々とした日々を選んで生きていく。
声で聴くとどう変わるか
語りは呉羽藍依。茉莉の一人称が、悲壮感を煽らない温度で読まれている。自分の余命について話す場面でも、声が深刻に沈み込まない。この抑制があるからこそ、彼女が普段どれだけ意識して「明るい自分」を演じているかが、逆に伝わってくる。
友人や家族との会話は軽やかに読まれる場面が多い。文字で読むと単なる日常会話に見える部分が、声になると「彼女が本当のことを言っていない」という緊張として耳に残る。誰にも本音を明かせない立場が、会話の軽さとの落差で浮き上がる構成になっている。
9時間50分。1日1時間ほどのペースで、10日ほどかけて聴くのが合っている。茉莉の10年という時間の重みを、急いで消化しないほうがいい。区切りながら聴くことで、彼女が積み重ねている日々の意味が薄れずに残る。
どの場面で引き込まれたか
手が止まったのは、茉莉が自分の状態を淡々と誰かに説明する場面だ。同情されることを避けたいのか、事実だけを短く伝えて話を切り上げる。その素っ気なさの裏に、これまで何度も同じ説明を繰り返してきた疲れが透けて見える。
この作品が容赦ないのは、茉莉に「気づいていない幸せ」を用意しなかったところだ。彼女は自分の状況を正確に理解したうえで、恋を遠ざけている。分かっていて選んでいる分、その決意の重さが軽くならない。
もうひとつ印象に残るのは、茉莉が趣味に打ち込む時間の描写だ。恋を諦めた分の情熱が、別の場所に向けられている。何かを諦めることは、何もかもを諦めることではないと、この小説は言葉少なに示してくる。
いま聴くなら『余命10年』から。宣告を受ける場面までで、この物語の始まり方が分かる。
こんな人に向いている
- 相手を傷つけたくない理由で、何かを諦めたことがある
- 明るく振る舞うことと、本音を話すことの違いを考えたい
- 1日1時間ほど、ゆっくり時間をかけて聴きたい
向いていないのは、涙腺を刺激されることを目的に聴きたい人。この作品は感動を煽る作りにはなっていない。むしろ、茉莉の抑えた態度に付き合う忍耐力が要る。
近い気分の一冊
一緒にいられる時間に限りがあるという意味では、一条岬の『今夜、世界からこの恋が消えても』が近い。あちらは相手が記憶を失っていく設定で期限が来るが、こちらは自分の側に期限がある。どちらの立場で聴くかで、同じ「限りある時間」の重さが変わって感じられる。『今夜、世界からこの恋が消えても』オーディブル感想
今夜の気分がまだ定まらないなら、オーディブルで聴ける恋愛小説おすすめ6選 から入ってほしい。気分から逆に引ける形で並べてある。
今夜から聴くには
作品ページを開くと、いま聴き放題の対象なら「聴き放題で聴く」と表示される。その場合は追加の支払いなしでそのまま再生できる。対象は入れ替わるので、表示だけ見てほしい。『余命10年』のページを開く
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今夜は宣告の場面まででいい。そこから先、自分だったらどう生きると決めるかを考えながら聴くことになる。

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