いつか終わると分かっている関係がある。理由は人によって違う。それでも、一緒にいられる時間に限りがあると知りながら過ごす時間だけは、誰にとっても同じ重さを持つ。
この事実は口にしにくい。言ってしまえば、残り少ない時間をわざわざ数える人間だと思われる気がする。だから普段どおりに振る舞いながら、心のどこかで秒読みを続ける。相談しても「まだ時間はあるよ」と言われて終わる。終わらないのは自分の中の秒読みのほうだ。
一条岬の『今夜、世界からこの恋が消えても』は、その秒読みを抱えたまま生きる関係を描く。噓から始まった二人の関係は、彼女が眠るたびに記憶を失っていくと分かったことで、意味を変えていく。聴き終えても、限りある時間への怖さは消えない。ただ、その怖さごと大事にする過ごし方があると分かる。
全9時間24分。今夜必要なのは、噓の告白から始まる最初の数十分だけでいい。関係の前提が変わる場面まで聴けば、続きが気になるかどうかは自分で分かる。
どんな話か
クラスメイトに流されるまま、ある女子生徒に噓の告白をした男子生徒。彼女は「本気で好きにならないこと」を条件にそれを受け入れる。始まった見せかけの関係は、彼女が眠るたびに一日の記憶を失う病を抱えていると分かったことで、少しずつ姿を変えていく。
声で聴くとどう変わるか
語りは荒木光。抑えたトーンで淡々と進むので、設定の重さに声のほうから寄りかかってこない。彼女が同じ説明を繰り返し受ける場面が何度も出てくるが、声が毎回同じ温度で語ることで、積み重ねられていく側の気持ちがより際立って伝わってくる。
効いてくるのは、日常の何気ない会話の場面だ。二人の関係に期限があると知ったうえで聴くと、笑い合っているだけの一言が急に重く響く。文字で読むより、声の間合いのほうがその落差を運んでくる。
9時間24分。1日30分ずつ2週間ほどかけて聴くのが合っている。一気に聴き通すと、彼女にとって一日ごとに区切られている時間の感覚が薄れてしまう。少しずつ聴くほうが、この作品の構造に近づける。
どの場面で引き込まれたか
手が止まったのは、男子生徒が彼女に自分のことをもう一度説明し直す場面だった。相手にとっては初めて聞く話でも、話す側にとっては何度目かの繰り返しになる。その非対称さを、声のわずかな疲れとして聴き取ってしまった。
それでも彼は説明をやめない。覚えていてもらえないことより、伝えることそのものに意味を置いている。一緒にいられる時間が限られている関係で、自分なら同じことを続けられるだろうかと考えさせられる場面だった。
もう一つ、彼女自身が自分の病について淡々と語る場面がある。悲観するでも取り繕うでもなく、事実として受け止めたうえで今日をどう過ごすかを決めている。その落ち着きが、逆にこちらの覚悟を試してくる。
いま聴くなら『今夜、世界からこの恋が消えても』から。噓の告白の場面までで、この物語の始まり方が分かる。
こんな人に向いている
- 一緒にいられる時間に限りがあると分かっている相手がいる
- 繰り返しのなかにある変化を、じっくり聴いていきたい
- 設定の重さより、日常の場面の積み重ねを大事にしたい
向いていないのは、設定そのものに感情移入しにくい人。記憶を失う病という前提を、装置として距離を置いて見てしまうと、日常の場面の重みも一緒に薄れてしまう。
近い気分の一冊
自分の時間を差し出す覚悟という意味では、凪良ゆうの『汝、星のごとく』も近い場所にある。あちらは家族の事情で長い年月をかけて選択を後回しにする話だが、限りある時間の中で相手のために何を差し出せるかを問う点は同じだ。『汝、星のごとく』オーディブル感想
期限がある側ではなく、限りある時間を生きる側の話として読むなら、小坂流加の『余命10年』へ。あちらは自分に残された時間を理由に、恋そのものを遠ざけようとする話だ。相手の時間が限られている物語と、自分の時間が限られている物語。並べると、限りある時間との向き合い方の違いが見えてくる。『余命10年』オーディブル感想
今夜の気分がまだ定まらないなら、オーディブルで聴ける恋愛小説おすすめ6選 から入ってほしい。気分から逆に引ける形で並べてある。
今夜から聴くには
作品ページを開くと、いま聴き放題の対象なら「聴き放題で聴く」と表示される。その場合は追加の支払いなしでそのまま再生できる。対象は入れ替わるので、表示だけ見てほしい。『今夜、世界からこの恋が消えても』のページを開く
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今夜は噓の告白の場面まででいい。彼女がその条件を口にするところで、たぶん続きが気になっている。

コメント
コメント一覧 (1件)
[…] 一緒にいられる時間に限りがあるという意味では、一条岬の『今夜、世界からこの恋が消えても』が近い。あちらは相手が記憶を失っていく設定で期限が来るが、こちらは自分の側に期限がある。どちらの立場で聴くかで、同じ「限りある時間」の重さが変わって感じられる。『今夜、世界からこの恋が消えても』オーディブル感想 […]