結婚が終わったことを、自分でもまだ受け止めきれずにいる夜がある。誰かに聞かれれば「うまくいかなかった」と答えるが、それが本当に失敗だったのか、自分でもよく分からない。
厄介なのは、離婚を切り出されると、その理由を自分の中に探してしまうことだ。何が悪かったのか、どこで間違えたのか。答えが出ないまま、「結婚を続けられなかった自分」という物語だけが残ってしまう。
千早茜の『マリエ』を聴くと、離婚は失敗ではなく選択だという見方が、少しずつ自分の中にも根を張ってくる。40歳を目前に夫から離婚を切り出されたまりえは、戸惑いながら始めたひとり暮らしの中で、自分を慈しむ時間を取り戻していく。聴き終えても、離婚した理由が分かるようになるわけではない。それでも、理由を探し続けなくてよくなる。
7時間54分あるが、まりえがひとり暮らしを始めるところまでなら、今夜の30分で聴ける。
どんな話か
40歳を目前に夫から離婚を切り出されたまりえ。戸惑いながら始めたひとり暮らしは、思いのほか快適だった。自分を慈しむように過ごす日々の中で、まりえは少しずつ変わっていく。そんな時、年下の男性・由井くんと出会う。コロナ禍という非常事態も重なり、想像もしなかった未来がまりえにもたらされていく。結婚と幸福をめぐる物語を、直木賞作家の千早茜が紡いだ一冊だ。
声で聴くとどう変わるか
ナレーターは倉本春奈。まりえの心の動きを地の文で丁寧に追う小説なので、内側の声が朗読によってそのまま体に届いてくる。感情を強調しすぎない語り口が、まりえの「ゆっくり変わっていく」という時間の流れに合っている。文字で読むと素通りしてしまいそうな心情の揺れも、声のペースに合わせて聴くと、ひとつひとつ立ち止まって確かめることになる。
7時間54分。一日30分なら1ヶ月弱、通勤の往復なら3週間ほど。前半はひとり暮らしに慣れていく日々が続くので、気負わずに聴き始められる。コロナ禍という誰もが経験した時期が舞台に重なるぶん、まりえの戸惑いが自分のことのように聴こえてくる瞬間もある。
どの場面で引き込まれたか
手が止まったのは、まりえが「離婚って、幸せになるための選択なんじゃない?」と自分に問いかける場面だ。結婚を続けることも終わらせることも、本来は同じ重さの選択のはずなのに、なぜか「終わらせる」方だけが失敗として扱われることへの違和感が、静かな語りの中でくっきり浮かび上がる。誰かに認めてもらうための問いではなく、自分自身に向けた問いであるところが、この場面をより切実にしている。
この作品がうまいのは、由井くんとの出会いを「立ち直りのきっかけ」として都合よく描かないところだ。まりえが変わっていくのは、誰かに愛されたからではなく、ひとりの時間を自分で選び取ったからだ。恋愛は、まりえの変化の結果として訪れるものであって、変化そのものの原因にはされていない。
由井くんとの関係が進んでいく後半でも、まりえは恋愛だけに自分の幸福を委ねようとはしない。仕事や友人との時間も同じ重さで描かれていて、恋愛小説でありながら、恋愛だけがまりえを救うわけではないという構えが一貫している。
いま聴くなら『マリエ』から。まりえがひとり暮らしを始めるところまでで、この物語の温度が分かる。
こんな人に向いている
- 結婚が終わったことを、いまも自分のせいだと思っている
- ひとりになった時間を、悪いものだと思いたくない
- 年齢を理由に、恋愛や人生の選び直しを諦めかけている
- 直木賞作家が結婚と幸福をどう描くか、じっくり聴きたい
向いていないのは、離婚をドラマチックな悲劇として読みたい人。まりえの日々は、悲劇にも成功物語にもならない、地に足のついた時間として描かれる。
近い気分の一冊
終わったはずの関係が、思いがけない形でもう一度顔を出すという意味では、青山美智子の『赤と青とエスキース』も近い。あちらは一枚の絵をきっかけに、かつての恋人から何十年ぶりかに連絡が来る短編が収められている。『マリエ』が終わった結婚を自分の手で選び直していく話であるのに対し、こちらは自分から動かなくても、過去がふとした形で戻ってくる話になっている。『赤と青とエスキース』オーディブル感想
今夜から聴くには
作品ページを開くと、いま聴き放題の対象なら「聴き放題で聴く」と表示される。その場合は追加の支払いなしでそのまま再生できる。対象は入れ替わるので、表示だけ見てほしい。『マリエ』のページを開く
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今夜はまりえがひとり暮らしを始めるところまででいい。そこから先、自分の幸せをどう選び直していくのかが気になってくる。

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