誰かと一緒に何かを作った時間だけが、関係が変わったあとも色褪せずに残っていることがある。会えなくなっても、話さなくなっても、そのとき生まれたものだけは手元に残り続ける。
厄介なのは、その「作ったもの」の価値を、他人にうまく説明できないことだ。ただの思い出だと言われればそれまでだが、自分にとっては、二人で過ごした時間そのものがそこに閉じ込められている気がしてならない。
一条岬の『君が最後に遺した歌』を聴くと、一緒に作ったものが時間を超えて残っていくということの意味が、少しずつ分かってくる。詩作だけが趣味だった僕は、ある事情で歌詞が書けないクラスメイト・綾音に頼まれ、彼女の代わりに詞を書き始める。聴き終えても、失ったものが戻ってくるわけではない。それでも、二人で作ったものが消えていないことだけは、はっきり分かる。
10時間1分あるが、僕が綾音に頼まれて詞を書き始めるところまでなら、今夜の30分で聴ける。
どんな話か
田舎町で祖父母と三人で暮らす僕は、詩作だけを趣味にした平凡な高校生活を送るはずだった。ところがクラスメイトの遠坂綾音に「一緒に歌を作ってほしい」と頼まれたことで、その日々が変わっていく。歌詞が書けない綾音の代わりに僕が詞を書き、彼女が歌う。四季を過ごす中で、二人だけの創作が続いていく。時を経ても遺り続ける、大切な宝物をめぐる物語でもある。
声で聴くとどう変わるか
ナレーターは広瀬竜一。僕の一人称で進む物語なので、綾音の言葉も、詞と歌という創作の過程も、すべて僕というフィルターを通して聴くことになる。詩の朗読部分は、文字で読むより、声のリズムで聴くほうが本来の姿に近い。
10時間1分。一日30分なら3週間強、通勤の往復なら3週間ほど。四季をひとつずつ追う構成なので、季節の変わり目で区切って聴きやすい。長い作品だが、二人の距離がどの季節でどう変わったかを意識しながら聴くと、区切りごとの手応えが分かりやすい。
どの場面で引き込まれたか
手が止まったのは、綾音が「歌詞が書けない事情」を明かさないまま、僕にだけ言葉を委ねてくる場面だ。理由を知らされないまま誰かの言葉を代弁するという行為が、二人の関係をどこか対等でないものにしながらも、確かな信頼として積み上がっていく過程が丁寧に描かれている。事情を尋ねずに任せてもらえることの重みを、僕自身も少しずつ自覚していく。
この作品がうまいのは、「歌を作る」という行為そのものを、恋愛のきっかけとして消費しないところだ。詞と歌は最後まで、二人にとっての目的であり続ける。恋愛感情がその過程に重なっていくとしても、創作そのものが手段に格下げされることはない。
もう一つ心に残ったのは、二人が交わす言葉のやり取りそのものが、詞のやり取りと同じ丁寧さで描かれていることだ。日常の会話も創作の一部であるかのように積み重なっていき、どこまでが二人の言葉で、どこからが歌のための言葉なのか、境目が曖昧になっていく。
いま聴くなら『君が最後に遺した歌』から。僕が綾音に詞を書き始めるところまでで、この物語の温度が分かる。
こんな人に向いている
- 誰かと一緒に作ったものが、関係の証だと感じたことがある
- 恋愛小説として聴きつつ、創作そのものの手触りも味わいたい
- 結末に向けて感情を積み上げていく、丁寧な語り口が好き
- 四季の移り変わりを背景にした、じっくり型の物語が好き
向いていないのは、テンポの速い展開を求める人。四季を通してゆっくり関係が深まっていく構成なので、駆け足の恋愛描写を期待すると物足りなく感じるかもしれない。一気に聴き切るより、季節の変わり目ごとに間を置いて聴くほうが、この作品には合っている。
近い気分の一冊
一緒に過ごした時間が、形を変えても消えずに残るという意味では、市川拓司の『いま、会いにゆきます』も近い。あちらは記憶をなくして戻ってきた妻と、夫と息子が「おはよう」から関係を積み上げ直す物語で、こちらは詞と歌という形を通して二人の時間が遺り続ける物語だ。何かを一緒に作った記憶が、関係の証になるという手触りが共通している。『いま、会いにゆきます』オーディブル感想
今夜から聴くには
作品ページを開くと、いま聴き放題の対象なら「聴き放題で聴く」と表示される。その場合は追加の支払いなしでそのまま再生できる。対象は入れ替わるので、表示だけ見てほしい。『君が最後に遺した歌』のページを開く
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今夜は僕が綾音に詞を書き始めるところまででいい。そこから先、二人がどんな歌を作っていくのかが気になってくる。

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