親、学校、友達関係。理由を挙げればきりがないほど、毎日に苛立っている時期がある。「消えてしまいたい」とまでは思わなくても、「今ここじゃないどこかに行きたい」と感じる夜はある。
厄介なのは、この苛立ちがどれだけ言葉にしても晴れないことだ。「贅沢な悩みだ」と言われれば余計に閉じてしまうし、自分でもどこかで「贅沢なのかもしれない」と分かっている。分かっているのに、苛立ちは消えない。誰かに解決してもらう類のものでもない。
汐見夏衛の『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』を聴くと、この苛立ちの手触りが変わる。家を飛び出した中学生の百合は、目を覚ますと70年前、戦時中の日本にいた。当たり前だと思っていた今の暮らしが、誰かが必死に守ろうとしたものの延長線上にあると知ったとき、日常を見る目そのものが変わっていく。
8時間4分。今夜は、百合が過去に迷い込む最初の章だけでいい。
どんな話か
親や学校にイライラする毎日を送る中学2年の百合は、母親と喧嘩して家を飛び出し、目を覚ますとそこは70年前、戦時中の日本だった。偶然通りかかった彰に助けられ、彼と過ごす日々の中で、百合は彰の誠実さと優しさに惹かれていく。しかし彼は特攻隊員で、まもなく戦地に飛び立つ運命だった。食べるものにも困る時代の暮らしを目の当たりにしながら、百合は自分が普段どれだけ恵まれていたかを、説教されるのではなく肌で知っていくことになる。
声で聴くとどう変わるか
ナレーターは乃神亜衣子。現代の言葉でいら立ちをぶつける百合と、時代がかった丁寧な言葉で話す彰の対比を、声の質感の違いとしてはっきり聴き分けられる。文字で読むと台詞の書き方で判別していた時代の違いが、声になるとイントネーションそのものの違いとして耳に入ってくる。百合の口調が、彰たちと過ごすうちに少しずつ丁寧になっていく変化も、声だからこそ気づきやすい。
8時間4分。通勤の往復なら1週間、週末にまとめて聴くなら1日で聴き終えられる長さだ。百合と一緒に70年前の日常に馴染んでいく感覚を味わうには、区切らず一気に聴き進めるのにも向いている構成になっている。寝る前に少しずつ進めても、場面の切り替わりが分かりやすいので迷いにくい。
当たり前の朝が特別に変わる場面
手が止まったのは、彰たちが防空壕の中で、空襲を恐れながらも何気ない軽口を叩き合う場面だった。明日をも知れない状況の中でこそ、今日の小さな冗談が輝いて聞こえる。この対比を、この作品は声の張りだけで伝えてくる。笑い声のすぐあとに訪れる静寂の落差にも、思わず息をのんだ。
百合が現代に戻ったあと、当たり前の朝に見せる反応も印象に残る。特別な事件が起きたわけではないのに、朝ごはんの匂いひとつに立ち止まる。その小さな変化が、冒頭の苛立ちの正体を静かに物語っている。同じ家、同じ朝なのに、以前とは別の場所に見えているのが、聴いているこちらにも伝わってくる。
いま聴くなら『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』から。彼女が過去で最初の朝を迎える場面だけでも、この物語の熱が伝わってくる。
こんな人に向いている
- 親や学校、日々の生活にイライラが積もっている
- 当たり前の毎日のありがたさを、頭でなく実感として知りたい
- 時代を超えた恋愛小説を、丁寧な生活描写とともに聴きたい
- 涙を誘う結末より、聴き終えたあとの日常への視線の変化を求めている
- 登場人物の丁寧な言葉づかいに、心を落ち着けたい
向いていないのは、戦争を題材にした重い展開が苦手な人。特攻隊という設定上、後半は戦時中ならではの緊張感が強くなる。派手などんでん返しではなく、静かな気づきの積み重ねを味わいたい人向けの作品だ。
近い気分の一冊
当たり前だと思っていたものの重みに、あとから気づくという意味では、桜木紫乃の『情熱』も近い。あちらは分別を装って生きてきた大人たちが、まだ心が動くのだと気づく短編集で、こちらは日々にいら立っていた中学生が、守られてきた日常のありがたさを知る話だ。気づくタイミングは違っても、当たり前だと思っていたものの奥に熱が残っているという発見は重なる。『情熱』オーディブル感想
今夜から聴くには
作品ページを開いたときに何が見えるかを確かめてほしい。「聴き放題で聴く」と出ていればその場で再生できる。対象は入れ替わるので、購入の前に表示だけを見てほしい。『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』のページを開く
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今夜は、当たり前だと思っている時間を、少しだけ意識しながら再生してほしい。

コメント
コメント一覧 (2件)
[…] 当たり前だと思っていたものの重みに、あとから気づくという意味では、汐見夏衛の『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』も近い。あちらは日々にいら立っていた中学生が70年前にタイムスリップし、守られてきた日常のありがたさを知る話で、こちらは分別を装って生きてきた大人たちが、まだ心が動くのだと気づく話だ。気づくタイミングは違っても、当たり前だと思っていたものの奥にまだ熱が残っているという発見は重なる。『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』オーディブル感想 […]
[…] 当たり前の毎日が、実はかけがえのない時間だったと気づくという意味では、汐見夏衛の『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』も近い。あちらは日々にいら立っていた中学生が70年前の戦時中にタイムスリップし、当たり前の日常がどれほど守られたものだったかを知る話で、こちらは記憶をなくした妻と過ごす期限つきの一か月を通じて、同じ気づきに至る話だ。舞台も年齢も違うが、日常のありがたさに気づく入り口として、どちらも小さな挨拶や会話を丁寧に描いている。『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』オーディブル感想 […]