『今夜、世界からこの涙が消えても』オーディブル感想|秘めた夜に

本気にならないと約束した相手に、本気になってしまっていると気づいた夜

好きになってはいけない相手だと、最初から分かっていることがある。それでも一緒にいる時間が増えるほど、その約束を自分から破ってしまいそうになる瞬間がある。

厄介なのは、その約束が相手を守るためのものだと分かっていることだ。踏み込めば、今の関係そのものが壊れる。かといって、この気持ちを本人にも自分にも、なかったことにはできない。

一条岬の『今夜、世界からこの涙が消えても』を聴くと、その板挟みの正体が分かってくる。「私を本気で好きにならないこと」を条件に始まった関係の中で、僕は先輩が抱える忘れられない恋の存在を知っていく。好きにならないという約束を守ることと、相手を大切に思うことは、必ずしも同じではないと気づかされる。

7時間29分。今夜は、二人が「恋人ごっこ」を始める最初の章だけでいい。

目次

どんな話か

平凡な大学生活を送っていた僕は、綿矢先輩に勢い任せで告白する。先輩は「私を本気で好きにならないこと」を条件に、それを受け入れるという。始まった儚い関係の中で、僕はやがて、先輩が誰にも気づかれることのない“もう一つの切ない恋”を抱えていることを知っていく。話題作『今夜、世界からこの恋が消えても』の続編にあたる作品だ。

声で聴くとどう変わるか

ナレーターは荒木光。前作から続けて同じ声で語られることで、僕の浮ついた気持ちと、その奥にある不安の落差がそのまま伝わってくる。文字で読むと軽い調子に見える台詞が、声になると、無理に明るく振る舞っている呼吸として耳に残る。先輩について語るときだけ声のトーンが変わる部分に、本人も気づいていない感情が透けて見える。

7時間29分。通勤の往復なら1週間、週末にまとめて聴くなら1日で聴き終えられる長さだ。前作を知らなくても筋を追えるが、先に『今夜、世界からこの恋が消えても』を聴いてから通すと、同じ出来事が違う角度から見えてくる面白さが増す。

約束の輪郭が崩れていく場面

手が止まったのは、僕が先輩の高校時代の親友に声をかけ、彼女の知らない一面を知っていく場面だった。誰かを本気で知ろうとする行為が、すでに約束を破る一歩になっていることに、僕自身が気づいていない。その鈍さが、かえって恋愛の始まりらしいと思わされる。

先輩が時折見せる悲しい表情の理由が、少しずつ形になっていく過程も印象に残る。理由が分かったところで、僕にできることは増えない。それでも知りたいと思ってしまう気持ちの動きが、丁寧にすくい取られている。

いま聴くなら『今夜、世界からこの涙が消えても』から。恋人ごっこが本物の感情に変わっていく最初の兆しだけでも、この物語の緊張感は伝わってくる。

こんな人に向いている

  • 好きにならないと決めた相手に、気持ちが揺れている
  • 相手の過去にある想いを知ることに、怖さと惹かれる気持ちの両方がある
  • 前作を聴んで、脇役だった人物の内側が気になっていた
  • 一途な気持ちを、静かな筆致で聴きたい

向いていないのは、前作を知らないまま結末だけを味わいたい人。単独でも読めるが、先に『今夜、世界からこの恋が消えても』を聴いたほうが、二つの恋が重なる瞬間の重みが増す。

近い気分の一冊

好きな人に言えないことを抱えたまま隣にいるという意味では、森田碧の『余命一年と宣告された僕が、余命半年の君と出会った話』も近い。あちらは自分の病気を隠したまま相手と過ごす時間を描く話で、こちらは「好きにならない」という約束を守ろうとしながら、それでも惹かれていく気持ちを描く話だ。隠しているものの中身は違っても、言えないまま隣にいる時間の重さは同じだ。『余命一年と宣告された僕が、余命半年の君と出会った話』オーディブル感想

長編に浸る時間がない夜なら、冬野夜空の『すべての恋が終わるとしても―140字の恋の話―』もいい。言えなかった気持ちや、始まる前に終わった恋を140字ずつ切り取った作品集で、一話は数十秒で終わる。好きだと言えずにいる時間の重さを、短い形で何度も思い出させてくれる。『すべての恋が終わるとしても』オーディブル感想

今夜から聴くには

作品ページを開いたときに何が見えるかを確かめてほしい。「聴き放題で聴く」と出ていればその場で再生できる。対象は入れ替わるので、購入の前に表示だけを見てほしい。『今夜、世界からこの涙が消えても』のページを開く

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今夜は、守ろうとしている約束が本当は誰のためのものか、少しだけ考えながら再生してほしい。

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