お互いに好きだと分かっていた。それなのに、自分たちではどうにもできない事情で、結ばれてはいけない関係になってしまった。嫌いになったわけではないから、終わらせ方が分からない。
この種類の別れは、誰のせいにもできない。どちらかが裏切ったなら、怒ることができた。気持ちが冷めたなら、諦めることができた。けれど気持ちはそのままで、状況だけが二人を引き離す。行き場のない想いは、「もし違う世界だったら」という想像にしか向かわない。
乙野四方字の『君を愛したひとりの僕へ』は、その想像を本当に試してしまう二人の話だ。親の再婚で兄妹になると知った暦と栞は、兄妹にならない世界へ跳ぼうとする。聴き終えても、どうにもならなかった事情が消えるわけではない。ただ、叶わなかった想いを抱えたまま生きることにも、ひとつの愛し方があると思えるようになる。
再生時間は6時間19分。通勤の往復で3日。今夜は、暦と栞が出会うところまでで十分だ。
どんな話か
人々が少しだけ違う並行世界の間を揺れ動いていることが実証された時代。両親の離婚後、父と暮らす日高暦は、父の勤める虚質科学研究所で佐藤栞という少女に出会う。惹かれ合う二人だったが、親同士の再婚話がすべてを変えてしまう。
声で聴くとどう変わるか
ナレーターは石黒千尋。対になる『僕が愛したすべての君へ』と同じ声が、別の人生を歩む暦を読む。文字で読めば、二冊はただの別の本だ。声で聴くと、一人の人間の分かれ道を聴き比べている感覚になる。同じ声が、違う相手を想っている。その事実だけで、並行世界という設定が急に身近になる。
Audible Studios と早川書房によるオーディオブックで、6時間19分。一晩に1時間ずつなら、一週間かからない。対の作品とどちらから聴いても成り立つように書かれているので、こちらから入っても置いていかれない。
兄妹になると知らされる場面で手が止まった
手が止まったのは、親の再婚話を知った二人が、その意味を少しずつ理解していく場面だった。何かを失ったわけではない。家族が増えるだけだ。それなのに、二人にとってはそれが別れと同じ意味を持つ。
この作品が切ないのは、二人が選ぶ手段はSFでも、動機がまったくSFではないところだ。好きな人と一緒にいたい。そのために、今いる世界ごと乗り換えようとする。聴いているうちに、設定の突飛さより、そこまで追い詰められた気持ちの切実さのほうが残る。
いま聴くなら『君を愛したひとりの僕へ』から。研究所で栞と出会う場面で、この物語の温度が分かる。
こんな人に向いている
- 好きなのに、事情があって結ばれなかった相手がいる
- 『僕が愛したすべての君へ』を聴いて、もう一人の暦が気になっている
- SFの設定を借りた、切ない恋愛小説が好き
向いていないのは、両想いの二人がまっすぐ報われる話を聴きたい夜。本作は、気持ちだけではどうにもならないことを正面から描く。
SFの用語は出てくるが、理解しきれなくても二人の気持ちは追える。分からない言葉は流して、声の温度だけを聴いていればいい。
近い気分の一冊
続けて聴くなら、対になる『僕が愛したすべての君へ』しかない。あちらは母と暮らす暦が、別の世界から来た和音と出会う話だ。同じ設定、同じ声で、選ばなかった側の人生がどう続いたかが分かる。二冊を聴き終えたとき、それぞれのタイトルの意味が入れ替わって見えてくる。『僕が愛したすべての君へ』オーディブル感想
今夜の気分がまだ定まらないなら、オーディブルで聴ける恋愛小説おすすめ6選 から入ってほしい。気分から逆に引ける形で並べてある。
今夜から聴くには
作品ページを開くと、いま聴き放題の対象なら「聴き放題で聴く」と表示される。その場合は追加の支払いなしでそのまま再生できる。対象は入れ替わるので、表示だけ見てほしい。『君を愛したひとりの僕へ』のページを開く
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今夜は、暦が栞と出会う場面まででいい。もし別の世界があったら、と考えたことのある人なら、その先を聴かずにはいられなくなる。

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