『なごり雪』オーディブル感想|相手の望みを受け止められない夜に

好きな人の望みと、自分の願いが正反対になってしまった夜

好きな人が、自分とは違うほうを向いている。別れたいわけではない。ただ、相手が望んでいることと、こちらが願っていることが、どう考えても同じ場所に着かない。話し合うほど、相手の言い分にも筋が通って見えてくる。

この苦しさは、どちらかが悪ければ楽になる。でも実際は、どちらも相手のことを思っている。だから喧嘩にもならず、誰にも相談できない。正しい答えがあるなら探せばいい。答えが二つあって、両方とも本当だから、夜になると同じところを回り続ける。

新堂冬樹の『なごり雪』は、その「二つの本当」を、どちらも切り捨てずに最後まで聴かせる純愛小説だ。聴き終えても、自分の問題に答えが出るわけではない。ただ、相手の望みを受け止めることと、自分の願いを手放すことは同じではない。その区別が、少しだけはっきりする。

再生時間は7時間30分。今夜必要なのは最初の40分だけ。スイスの湖畔で二人が出会うところまで聴けば、この物語の温度は分かる。通勤の往復なら4日ほどで聴き終えられる。

目次

どんな話か

ファッションライターの古都は、トップモデル海斗の密着取材でスイスを訪れる。わざと露悪的に振る舞う海斗に、古都は自分と似たものを見つけ、二人は惹かれ合う。その矢先、海斗は事故で体の自由を失い、二人の望みは正反対に分かれていく。

声で聴くとどう変わるか

朗読は大森ゆき。古都の視点で語られる場面が多く、声は終始やわらかい。それでいて、海斗の挑発的な台詞では温度がすっと下がる。二人の言葉がぶつかる瞬間が、文字よりもはっきり耳に届く。

文字で読むと、海斗の態度はただ冷たく見えるかもしれない。声で聴くと、その冷たさの奥に、強がりのような揺れが聞こえる。台詞の間が長めに取られているので、言わなかった言葉の重さまで伝わってくる。

7時間30分は、通勤の往復で4日。就寝前に30分ずつなら、二週間ほど付き合える長さだ。家事をしながらでも筋は追える。ただ、二人が本音を言い合う場面は、手を止めて聴いたほうがいい。

二人の言い合いに、再生を止められなかった

聴き手として引き込まれたのは、事故のあと、二人の望みがはっきり食い違う場面だった。どちらの言葉にも嘘がない。だから聴いている側も、どちらかの味方になれない。その居心地の悪さが、そのまま物語の緊張になっている。

結末はここには書かない。ただ、題名の「なごり雪」が序盤で出てくる意味は、最後まで聴くと違って聞こえる。季節外れの雪に願い事をする古都の声を、覚えておいてほしい。序盤の何気ない一言が、物語の奥でずっと鳴り続けている。気づいたときには、もう二人のどちらも責められなくなっているはずだ。

いま聴くなら『なごり雪』から。最初の数分で、古都の声の距離感が分かる。

こんな人に向いている

  • 大切な人と、望むものが食い違ってしまった経験がある
  • きれいごとで終わらない純愛を聴きたい
  • 重い題材でも、語りがやわらかいほうが入ってくる

向いていないのは、軽い気持ちで甘い恋を聴きたい夜。生きることと死ぬことが正面から語られるので、気持ちに余裕がある日に選んでほしい。

ただ、重さの割に聴き疲れはしにくい。登場人物が多くないので、耳だけでも誰が話しているか迷わない。物語の大半は二人の会話で進む。答えの出ない問題を一人で抱えている夜には、この二人の言い合いが、自分の代わりに考えてくれているように聞こえるはずだ。

近い気分の一冊

好きな人に、変わっていく自分をどう見せるかという意味では、宇山佳佑の『桜のような僕の恋人』も近い。あちらは病を抱えた側が隠そうとし、こちらは体の自由を失った側が遠ざけようとする。愛する人を思うからこそ離れようとする気持ちは、どちらにも流れている。『桜のような僕の恋人』オーディブル感想

周囲の事情で気持ちが引き離される話なら、伊藤左千夫の『野菊の墓』も近い。あちらは明治の素朴な初恋が、周りの目で遠ざけられていく話で、こちらは相手を思うからこそ距離を置く話だ。理由は違っても、好きだった事実だけが残る点は同じだ。『野菊の墓』オーディブル感想

今夜から聴くには

作品ページを開くと、いま聴き放題の対象なら「聴き放題で聴く」と表示される。その場合は追加の支払いなしでそのまま再生できる。対象は入れ替わるので、表示だけ見てほしい。『なごり雪』のページを開く

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今夜は、湖畔に雪が舞うところまででいい。答えの出ない話を抱えたまま、静かな声に耳を預けてみてほしい。

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