『きらきら眼鏡』オーディブル感想|大切なものを失ったばかりの夜に

大切なものを失ったばかりなのに、知らない誰かの言葉に救われてしまう夜

大切なものを失ってから、まだ日が浅い。周りは普段どおりに動いているのに、自分だけ音のない部屋にいるような感じがする。そんなとき、たまたま目に入った誰かの言葉が、思いがけず胸に残ることがある。

この感覚は、人に説明しにくい。悲しんでいる最中に、知らない誰かに心を動かされるのは、不謹慎な気がしてしまう。だから自分の中でも、なかったことにしようとする。でも、救われたという事実は消えない。名前のつかないまま、その言葉だけが残り続ける。

森沢明夫の『きらきら眼鏡』は、その残ってしまった言葉を、恋の入口として丁寧に描く小説だ。聴き終えても、失ったものが戻るわけではない。ただ、悲しみの途中で誰かに惹かれることは、裏切りではないと思えるようになる。世界の見え方が、少しだけ明るい側に寄る。

再生時間は15時間8分。長いが、今夜必要なのは最初の30分だけ。主人公が一冊の古本を手に取るところまで聴けば、この物語の入口に立てる。通勤の往復なら8日ほどで聴き終えられる。

目次

どんな話か

愛猫を亡くしたばかりの立花明海は、古本屋で一冊の自己啓発本を買う。中には「大滝あかね」と書かれた名刺が挟まり、自分が心を打たれたのと同じ一文に傍線が引かれていた。明海は思い切って、その名刺の相手にメールを送る。

声で聴くとどう変わるか

朗読は岸本愛。落ち着いた声で、明海の沈んだ日々を静かに運んでいく。感情を押しつけない読み方なので、聴き手が自分の気持ちを重ねる余白が残っている。

文字で読むと、前向きな言葉の多い作品だと感じる人もいるだろう。声で聴くと、その前向きさが説教にならない。傍線の引かれた一文が読み上げられる場面では、誰かが自分のために選んでくれた言葉のように響く。目で追うより、耳で受け取るほうが合う作品だ。

15時間8分は、通勤の往復で8日ほど。就寝前に30分ずつなら、ひと月かけて付き合える。毎晩少しずつ進めるほうが、この物語の速度に合っている。

一通のメールに、聴き手の手も止まった

聴き手として引き込まれたのは、明海が名刺の相手にメールを送るかどうか迷う場面だった。見知らぬ人に連絡するのは、少し怖い。それでも、同じ一文に心を動かされた人がいると知ってしまった。その迷いが、喪失のあとで再び人に手を伸ばす瞬間として描かれている。送信ボタンを押すまでの短い時間が、驚くほど長く感じられた。喪失のあとで人に連絡するとき、誰もが通る迷いがそこにある。大きな事件は起きていないのに、続きを聴かずにはいられなかった。

そのメールの先に何が待っているのかは、ここには書かない。作品紹介にある「最後の1ページまで切ない」という言葉だけ、心に置いて聴き始めてほしい。

いま聴くなら『きらきら眼鏡』から。最初の数分で、明海の静かな日常の手触りが分かる。

こんな人に向いている

  • 何かを失ったあと、まだ日常に戻りきれていない
  • 誰かの言葉に救われた経験がある
  • 長い物語に、毎晩少しずつ付き合いたい

向いていないのは、短い時間で結末までたどり着きたい夜。15時間を超える長さなので、急いで聴く作品ではない。

ただ、長さは負担になりにくい。語りが一定の速度で進むので、数日空けてから再開しても、すぐに物語へ戻れる。登場人物の数も多くない。悲しみの途中にいる夜は、結末を急ぐより、明海と同じ速度で少しずつ前を向くほうが、この作品はよく効く。

近い気分の一冊

一人きりの生活に、思いがけず誰かが入ってくる話なら、三秋縋の『恋する寄生虫』も近い。あちらは人と関われない二人が会話で距離を縮め、こちらは一冊の本に残された言葉が二人をつなぐ。孤独の中で、他人の存在を少しずつ受け入れていく過程は重なっている。『恋する寄生虫』オーディブル感想

今夜から聴くには

作品ページを開くと、いま聴き放題の対象なら「聴き放題で聴く」と表示される。その場合は追加の支払いなしでそのまま再生できる。対象は入れ替わるので、表示だけ見てほしい。『きらきら眼鏡』のページを開く

Audible を使うのが初めてなら、最初の30日間は無料で試せる(対象は執筆時点)。Audible の無料体験を見る

今夜は、明海が古本のページをめくるところまででいい。誰かが線を引いた一文を、耳で受け取ってみてほしい。

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