『言の葉の庭』オーディブル感想|言えない関係の夜に

誰にも説明できない相手のことを、雨の日だけ思い出してしまう夜

年齢が離れている、立場が違う、名乗れない事情がある。理由は人それぞれだが、誰かに説明しようとすると、途中で言葉に詰まる関係がある。

厄介なのは、恋愛と呼んでいいのかどうかさえ、自分でも分からないことだ。友人に話せば「それは重い」と言われそうで、相談する相手を選べない。名前のつかない感情は、抱えている本人にとってもどう扱えばいいか分からないまま、ただ大事なものとして残り続ける。

新海誠の『小説 言の葉の庭』を聴くと、その名前のつかなさに、初めて言葉が与えられる。雨の朝、高校生の孝雄と、謎めいた年上の女性・雪野が公園で出会う。二人の間にあるものを恋と呼ぶべきか、聴き終えてもはっきりとは言えない。それでも、誰かを大切に思う気持ちに名前がなくてもいいのだと、静かに思えるようになる。

再生時間は11時間7分。今夜は最初の二話、二人が出会って言葉を交わし始めるところまでで十分。雨の日にだけ会うという二人の距離感が分かれば、この先の話が自然に入ってくる。

目次

どんな話か

雨の朝、学校をさぼった高校生の孝雄は、公園の東屋で年上の女性・雪野と出会う。以来二人は、雨の日だけその場所で会うようになる。名乗り合わないまま重ねる時間の中で、互いにとって欠かせない存在になっていく一夏を描く。

声で聴くとどう変わるか

朗読はアニメ映画版のキャストである入野自由、花澤香菜、前田剛、星野貴紀、小松未可子、平野文の六人。全十話プラスエピローグが、それぞれ演じたキャラクターの一人称で語られる構成になっている。

同じ出来事でも、孝雄の視点で聴く章と雪野の視点で聴く章とでは、同じ雨の音の感じ方が違って届く。文字で読むとひとつの物語として流れる部分が、耳で聴くと立場ごとの温度差として分かれて伝わってくる。周囲の人物の章が挟まることで、二人だけでは見えない部分も補われる構成になっている。

11時間7分、一話ずつが独立した章になっているので、通勤の行き帰りで一話ずつ、二週間ほどかけて聴くのに向いている。声優ごとに担当が変わるので、区切りが分かりやすい。

どの場面で引き込まれたか

手が止まったのは、二人が名乗り合わないまま、それでも次の雨の日を待つようになっていく場面だ。名前も連絡先も知らないのに、会えない日には気配だけを気にしている。その距離感の描き方に、覚えのある人は多いと思う。

この作品がうまいのは、二人の関係に恋愛という言葉をあてはめることを急がない点だ。雪野の抱えている事情が少しずつ見えてくるにつれ、この時間が二人にとって何だったのかという問いが、答えを急がずに置かれていく。

いま聴くなら『言の葉の庭』から。最初の二話までで、この距離感の心地よさが分かる。

こんな人に向いている

  • 関係に名前をつけられない相手のことを考えている
  • 一人称が変わる構成の物語を、声の違いで聴き分けたい
  • 雨の日に静かに聴ける作品を探している

向いていないのは、はっきりした恋愛の進展を期待する人。二人の関係は最後まで、社会的に認められた形にはならない。そこにもどかしさを感じるかどうかで、印象が大きく変わる。

近い気分の一冊

言葉にできない片思いという意味では、森見登美彦の『恋文の技術』も近い。あちらは書けば伝わる手紙という手段を持ちながら本当の相手にだけ書けない話で、こちらは会う手段はあっても関係に名前がつけられない話だ。伝える方法がある片思いと、名前がない片思い。並べて聴くと、片思いの形の違いが見えてくる。『恋文の技術』オーディブル感想

気持ちが言葉にする前に相手へ伝わってしまうという意味では、宇山佳佑の『風読みの彼女』も近い。あちらは”風の記憶”を読む力を持つ女性の前で、自分の気持ちを隠しきれなくなる青年の話だ。名乗らないことで距離を保てるこちらの片思いと、力の前では距離の取りようがないあちらの片思い。並べて聴くと、隠すという行為の難しさの違いが見えてくる。『風読みの彼女』オーディブル感想

今夜の気分がまだ定まらないなら、オーディブルで聴ける恋愛小説おすすめ6選 から入ってほしい。気分から逆に引ける形で並べてある。

今夜から聴くには

作品ページを開くと、いま聴き放題の対象なら「聴き放題で聴く」と表示される。その場合は追加の支払いなしでそのまま再生できる。対象は入れ替わるので、表示だけ見てほしい。『言の葉の庭』のページを開く

Audible を使うのが初めてなら、最初の30日間は無料で試せる(対象は執筆時点)。Audible の無料体験を見る

今夜は最初の二話まででいい。雨の音とともに、名前のつかない気持ちの輪郭を聴くことになる。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメント一覧 (1件)

  • […] 言葉にする前の気持ちが相手に伝わってしまうという意味では、新海誠の『小説 言の葉の庭』も近い。あちらは雨の日だけ会う二人が名乗り合わないまま気持ちを重ねていく話で、こちらは風の記憶を読む力によって気持ちが先に見抜かれてしまう話だ。気持ちを隠す猶予がある片思いと、隠す猶予そのものがない片思い。並べて聴くと、隠しきれなさの種類の違いが分かる。『小説 言の葉の庭』オーディブル感想 […]

コメントする

目次