『劇場』オーディブル感想|好きな人を大事にできない夜に

好きな人を大事にできていない自覚がある夜

一生懸命な相手が近くにいるのに、素直に「ありがとう」と言えない夜がある。自分のことで頭がいっぱいで、隣にいる人がどれだけ踏ん張っているか、気づけていない。

そういう不器用さは、人に相談しても直らない。「大事にしなさい」と言われて直るなら、とっくに直っている。むしろ、それを面と向かって指摘されるほうがつらい。だから誰にも言わないまま、同じことを繰り返す。

又吉直樹の『劇場』を聴くと、自分がどちら側の人間かを思い知らされる。売れない劇団を率いる永田と、地方から出てきて彼を支え続ける沙希。夢を追う人間の身勝手さと、そばにいる人への鈍さが、容赦なく描かれる。優しい気持ちになれる話ではない。それでも聴き終えたあとは、隣にいる人への見方が少し変わる。

再生時間は6時間24分。今夜は、永田と沙希が出会う場面まででいい。最初の1時間で、この二人の距離感が分かる。

目次

どんな話か

売れない劇団を主宰する永田は、地方から出てきた洋裁の専門学校生・沙希と出会い、同棲を始める。将来の見えない演劇に賭け続ける永田を、沙希は生活の面で支える。夢を追う側と支える側のあいだに、少しずつずれが生まれていく。

声で聴くとどう変わるか

語りは豊原功補。永田の内面独白が多い作品だが、感情を大きく揺らさない抑えた読み方がされている。永田は自分に都合の良い理屈をこねる場面が多く、それを熱っぽく読まれると言い訳がましさが強調されすぎる。淡々とした声だからこそ、本人が気づいていない身勝手さが逆に際立つ。

沙希のセリフは少ないが、少ない分だけ一言の重みが増す。文字で読むと流してしまうような相槌にも、間の取り方で温度がある。永田が聞き流している言葉を、聴き手だけが拾える瞬間がある。

6時間24分。一気に聴き通すと、永田の内面に引きずられて息苦しくなる作品でもある。1日1時間ずつ、6日に分けて聴くくらいがちょうどいい。区切りを挟むことで、永田の言い分にのめり込みすぎず、少し引いた位置から二人を見られる。

どの場面で引き込まれたか

手が止まったのは、沙希が黙って家事をこなす場面だ。永田はそこに気づかない。気づかないことに、聴き手のほうが苛立つ。この苛立ちは、自分の日常にも覚えがあるから生まれる。

誰かに支えられていることに、支えられている最中は気づきにくい。当たり前になった瞬間から、それは見えなくなる。この小説がしつこく描くのは、その「見えなくなる過程」だ。

もうひとつ印象に残るのは、永田が沙希を傷つける場面ですら、悪意からではないところだ。悪気がないまま人を傷つけられるという事実のほうが、悪意を持って傷つけるより始末が悪い。謝る相手さえ見つからないからだ。この居心地の悪さを、声はごまかさずに運んでくる。

いま聴くなら『劇場』から。同棲を始めた直後の空気で、この先の温度が分かる。

こんな人に向いている

  • 誰かに支えられていることを、当たり前だと思ってしまう自覚がある
  • 夢を追う人間の身勝手さを、綺麗事抜きで見たい
  • 読後感の良さより、身につまされる話がいい

向いていないのは、共感できる主人公を求める人。永田の言動には終始苛立たされる。そこを楽しめるかどうかで、この作品の評価は分かれる。

近い気分の一冊

誰とも話していない孤独を扱った話なら、川上未映子の『すべて真夜中の恋人たち』へ。あちらは一人でいることそのものが孤独の中心だが、『劇場』は二人でいるのに孤独だという話だ。孤独の形が違う二作を並べると、輪郭がはっきりする。『すべて真夜中の恋人たち』オーディブル感想

今夜の気分がまだ定まらないなら、オーディブルで聴ける恋愛小説おすすめ6選 から入ってほしい。気分から逆に引ける形で並べてある。

今夜から聴くには

作品ページを開くと、いま聴き放題の対象なら「聴き放題で聴く」と表示される。その場合は追加の支払いなしでそのまま再生できる。対象は入れ替わるので、表示だけ見てほしい。『劇場』のページを開く

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今夜は同棲を始める場面まででいい。そこから先、二人がどうすれ違っていくかを、自分事として聴くことになる。

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