好きな人と並んで歩いているとき、ふと「この時間はあとどれくらい続くんだろう」と考えてしまう。何かが起きたわけではない。むしろ何も起きていない、穏やかな日ほどそう思う。
厄介なのは、この不安に根拠がないことだ。根拠がないから人に話せない。話しても「考えすぎだよ」で終わる。考えすぎだと自分でも分かっている。分かっているのに、幸せな時間ほど、残りを数えるような気持ちになってしまう。
宇山佳佑の『この恋は世界でいちばん美しい雨』は、その「残り」を、目に見える数字にしてしまった二人の話だ。聴き終えても、好きな人との時間が永遠になるわけではない。ただ、数えてしまう自分を責めなくてよくなる。数えるのは、それだけ手放したくないからだと分かる。
再生時間は11時間41分。長いが、今夜必要なのは最初の30分だけでいい。鎌倉で暮らす二人の日々が描かれるところまで聴けば、この物語の温度が分かる。
どんな話か
鎌倉の海辺の街で暮らす、駆け出しの建築家・誠と、カフェで働く日菜。ある雨の日、二人はバイク事故で瀕死の重傷を負い、喪服姿の”案内人”から、二人合わせて二十年の余命を授かって生き返る。ただしその二十年は、互いの命を奪い合う形でしか分け合えなかった。
声で聴くとどう変わるか
朗読は広瀬竜一。誠と日菜の物語を、声を張らずに淡々と運んでいく。だから、二人が笑い合う何気ない場面ほど、その静けさの中に先の不安がにじんで聴こえる。
文字で読むと、余命の決まりは設定として頭で理解して終わりやすい。声で聴くと、決まりを告げられたあとの沈黙が、実際の間として耳に残る。数字の重さより先に、二人の息づかいの変化が伝わってくる。
二人が恋に落ちたのも、事故に遭ったのも雨の日だった。目で読むと情景として流れていく雨が、声で聴くと物語の区切りのように感じられる。雨の気配が出てくるたびに、聴き手のほうが身構えるようになる。
11時間41分は、通勤の往復で1時間ずつなら12日ほど。就寝前に30分ずつなら、ひと月かからずに聴き終えられる。急がずに、二人の日々の速さに合わせて聴きたい長さだ。
余命の決まりを告げられる場面で、手が止まった
聴き手として手が止まったのは、目を覚ました二人の前に案内人が現れ、余命の決まりを告げるところだった。助かったという安堵が、そのまま別の重さにすり替わっていく。喜んでいいのか分からない二人の戸惑いが、声の温度だけで伝わってくる。
そこから先、二人が過ごすごく普通の日々が、まったく違って聴こえる。同じ毎日なのに、一日ごとの意味が変わってしまった。この落差を、物語は大げさに描かない。その抑え方が、かえって胸に残る。
いま聴くなら『この恋は世界でいちばん美しい雨』から。海辺の街で暮らす二人の会話だけで、その距離の近さが分かる。
好きな人との時間を数えてしまう人に向いている
- 幸せなときほど、この時間の終わりを考えてしまう
- 大切な人のために、自分は何を差し出せるのかを考えたことがある
- 長編を、何日もかけてゆっくり聴き進めたい
向いていないのは、設定の理屈を細かく詰めたい人。余命の仕組みは、二人の気持ちを映すための装置として置かれている。理屈の穴を探しはじめると、二人の迷いや優しさが耳に入ってこなくなる。
近い気分の一冊
同じ宇山佳佑の『桜のような僕の恋人』も、限られた時間を恋人とどう過ごすかを問う話だった。あちらは片方だけが時間を失っていく。こちらは二人で一つの時間を分け合う。並べて聴くと、時間の重さが誰にかかるかで、恋の形がこれほど変わるのだと分かる。『桜のような僕の恋人』オーディブル感想
今夜から雨の街に入るには
作品ページを開いて「聴き放題で聴く」と出ていれば、追加の支払いなしでその場で再生できる。対象は入れ替わるので、開いたときの表示だけ見てほしい。『この恋は世界でいちばん美しい雨』のページを開く
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今夜は、二人の穏やかな日々が描かれるところまででいい。隣にいる人の顔を思い浮かべながら、二人の時間の始まりに耳を澄ませてみてほしい。

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