『静かな雨』オーディブル感想|同じ毎日を愛おしく思う夜に

昨日と同じような今日を、それでも大切な人と過ごせていることに気づく夜

朝起きて、同じ道を通って、同じ人と夕飯を食べる。特別なことは何も起きていない。昨日と今日の区別も、正直あまりつかない。それでも、この毎日がなくなったら困ると、ときどき思う。

この気持ちは、言葉にすると平凡に聞こえる。「幸せなんだね」と言われると、少し違う気がする。満たされているわけでも、物足りないわけでもない。ただ、同じことの繰り返しの中に、何か大事なものが混ざっている。それを確かめる方法が分からないまま、一日が終わる。

宮下奈都の『静かな雨』は、その確かめ方を一つ見せてくれる小説だ。聴き終えても、毎日が劇的に変わるわけではない。ただ、繰り返しに見える日々が、実は毎日少しずつ積み重なっていることに気づく。明日の夕飯が、今日と少しだけ違って見える。

再生時間は2時間18分。今夜必要なのは最初の30分だけ。二人が出会う場面まで聴けば、この物語の温度は分かる。通勤の往復なら2日で聴き終えられる。

目次

どんな話か

行助は、小さなたいやき屋を営むこよみと出会い、彼女の存在が日々の中心になっていく。ところがある出来事のあと、こよみは新しい記憶を留めておけなくなる。それでも二人の時間は続いていく。『羊と鋼の森』と対をなす、著者の原点となる一冊だ。

声で聴くとどう変わるか

朗読は村上聡。Audible Studios が制作した音声版だ。行助の一人称を、落ち着いた声が抑えた調子で読んでいく。感情を乗せすぎないので、聴き手が自分の気持ちを置く余白が残る。

文字で読むと、この小説は短く、さらりと読めてしまう。声で聴くと、一文ごとの間が生まれる。その間に、こよみの言葉がゆっくり沈んでいく。同じような会話が繰り返される場面でも、声で聴くと毎回わずかに違って聞こえる。その違いに気づけるかどうかが、この物語の核になっている。

2時間18分は、通勤の往復で2日。就寝前に30分ずつなら、5晩で聴き終えられる。長編を聴き通す自信がないときの一本にちょうどいい。

家事をしながらでも筋は追える。ただ、こよみが変わってしまったあとの場面は、手を止めて聴いたほうがいい。言葉の数が減るぶん、一つひとつに意味が乗ってくる。

たいやきを焼く音が聞こえてきそうな場面で引き込まれた

聴き手として手が止まったのは、行助がこよみの店に通い始める場面だった。たいやきを買って、少し言葉を交わして帰る。それだけの繰り返しが、声で聴くとやけに温かい。この人に会うために毎日同じ道を通る、という感覚が、何の説明もなく伝わってくる。

その繰り返しは、こよみが変わったあとも形を変えて続く。どう続くのかは、ここには書かない。ただ、最初の場面の何でもない会話を覚えておくと、後半の聴こえ方が変わる。

いま聴くなら『静かな雨』から。最初の数分で、この語りの静けさが分かる。

こんな人に向いている

  • 変わらない毎日を、退屈ではなく大事なものだと思いたい
  • 短い時間で一つの物語を聴き終えたい
  • 大きな事件より、言葉の少ない関係を描く話が好き

向いていないのは、恋愛小説に起伏のある展開を求める人。この物語は、ほとんど声を荒げない。盛り上がりを待っていると、気づかないうちに終わってしまう。

逆に、オーディオブックを初めて聴く人にはいい入口になる。短く、語りが落ち着いていて、一度で全体を受け取れる。

近い気分の一冊

何気ない毎日がかけがえのないものだと気づく、という意味では、市川拓司の『いま、会いにゆきます』も近い。あちらは、いなくなったはずの妻が記憶をなくした姿で戻ってくる話で、こちらは記憶を留めておけなくなった恋人と日々を重ねる話だ。どちらも、覚えていることより、一緒に過ごすことのほうに重心がある。『いま、会いにゆきます』オーディブル感想

限りのある時間を静かに過ごす話なら、堀辰雄の『風立ちぬ』も近い。あちらは病を抱えた婚約者と高原で過ごす日々を、こちらは記憶を留められない恋人との毎日を描く。どちらも、特別な出来事より、隣にいることに重心がある。『風立ちぬ』オーディブル感想

今夜から聴くには

作品ページを開くと、いま聴き放題の対象なら「聴き放題で聴く」と表示される。その場合は追加の支払いなしでそのまま再生できる。対象は入れ替わるので、表示だけ見てほしい。『静かな雨』のページを開く

Audible を使うのが初めてなら、最初の30日間は無料で試せる(対象は執筆時点)。Audible の無料体験を見る

今夜は、二人が出会うところまででいい。昨日と同じような今日のことを思い浮かべながら、声に耳を預けてみてほしい。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメント一覧 (2件)

コメントする

目次